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「口から食べる」を最後まであきらめない。

栄養2024.02.29

人間にとって食べることは最も基本的な生命活動だが、医療現場ではその重要性がよりあらわになる。患者さんの治療やリハビリを効果的に進めるためにも栄養管理はまさに生命線だ。平成医療福祉グループでは、多職種が連携しながら患者さんの栄養状態回復に取り組み、最後まで「口から食べる」をあきらめずに嚥下機能を向上させるリハビリなども行なっている。患者さんが「食べたい」と思えるようにおいしい食事をつくる調理師、患者さんの思いを汲み取りながら「食べる」を取り戻そうとする病棟スタッフは、命をつなぐために日々の仕事に向き合っている。

(撮影:生津勝隆、構成・執筆:杉本恭子/writin’ room)

おいしい食事を提供するために

平成医療福祉グループでは、食事を入院生活の楽しみにしてもらえるように、365日3食異なるメニューを提供。食材の仕入れから調理・配膳まで、すべてグループ内で行なっている。博愛記念病院の厨房に密着し、食事ができあがるまでの1日の流れを追いかけた。
(以下、特に記載のない写真はすべて同病院にて撮影)

朝8時半。博愛記念病院の管理栄養士は朝食を出し終えた厨房を離れて徳島市中央卸市場へ。週4日の買い付けで、1週間の献立を賄う量の野菜や鮮魚を仕入れている
厨房に運ばれてきた食材は、「下処理室」にて検品・下処理をされる。鮮魚も頻繁に献立にあがる(世田谷記念病院にて撮影)
9時過ぎ、昼食の調理が始まると、調理師たちの忙しさはピークに達する。誰もが担当する調理作業に集中していて声をかけるのもはばかられるほどだ
この日のメインメニューは「牛肉のオイスター炒め」。担当調理師が大型の回転釜二機を駆使して調理する。担当調理師は、バンドで言えばボーカルみたいな役割で、周りのスタッフを牽引しながら調理を進めてゆく
朝9時半、調理を終えたメニューが「盛付配膳室」に運ばれ、手早く器に盛り付けられていく
11時。盛り付けを終えた食事を患者さん一人ひとりに合わせて配膳されていく
アレルギーや病気の状態、栄養状況、患者さんの好みなどの情報が集約されている名札を見ながら、患者さん一人ひとりに合った配膳を用意する
11時半。食事内容は、管理栄養士の提案を受けて医師が食事指示(オーダー)を出す。間違いがないように、管理栄養士と調理師は一皿一皿の内容をダブルチェック、トリプリチェックして確認したのち、配膳車を病棟に運ぶ
厨房に併設されている「特食厨房室」。同グループでは経管栄養剤はここで配合している。管理栄養士から伝えられたオーダーに基づき、患者さん一人ひとりに必要な栄養素や量の調整も、グループ直営の厨房だからこそできることのひとつだ。

患者さんの「食べられる」に応える

患者さんの咀嚼・嚥下機能に合わせて、また「これなら食べられる」という要望に合わせて、同グループではさまざまな食形態や付加食を用意している。また、介護食「ソフト食」であっても、食べるときに「おいしそう」と感じてもらえるよう盛り付けを工夫するなど、細やかな気配りを欠かさない。

歯茎で噛みつぶせる柔らかさの咀嚼調整食「ソフト食」。ペースト食であっても、人参を飾り切りのように調理して見た目を整えている
患者さんの好みに合わせて、おにぎりも山型と俵型とで作り分ける
配膳車が病棟に上がり静けさを取り戻した厨房で、担当調理師は明日の食材の最終チェックを進める。 手元を覗くと、各食ごとに「米飯」「軟飯」「全粥」「つぶ粥ゼリー」「ミキサー粥ゼリー」など、同じメニューでも細かなアレンジがあることがわかる。一回の食事にどれほど多くのパターンを用意しているのかと驚かされる

食事を口に運ぶ手を支える

同グループでは、患者さんは病室ではなく病棟のナースステーション前にあるラウンジで食事をする。看護師、介護士、管理栄養士、STなどリハビリスタッフも集まり、患者さんたちの見守り・観察や食事介助をするため、食事の時間はとてもにぎやかだ。ラウンジでの食事は、ベッドから起きて過ごしてもらう離床の取り組みのひとつにもなっている。

食事介助は、患者さんとのコミュニケーションの時間でもある。会話のなかで患者さんの体調や食欲、食べたいものはあるかなどを聞き取る(世田谷記念病院にて撮影)
患者さんたちが食事をする間に、食の進み具合や食べ方、必要な栄養がしっかり摂れているかなどを確認する「ミールラウンド」が行われる
ミールラウンドでは、患者さんのその日の体調や食べ物の好き嫌いなども聞いていく
取材中にご馳走になった昼食の一部。365日3食異なるメニューには、全都道府県の郷土食や各国料理、行事食なども取り入れる。食事を入院中の楽しみに思ってくれる患者さんも少なくないという
職員食堂では、入院食と同じものを提供している。病院の食事は、患者さんに寄り添う職員をも支えているのだ。また、病院全体で「同じ飯を食う」ことにより、食事が共通の話題になり患者さんとの垣根をなくしたり、献立の改善につながったりする効果も期待されている。

多職種が連携する栄養サポートチーム

同グループの病院には、低栄養状態で入院する患者さんも多く、治療やリハビリを進めるために栄養ケアマネジメントに力を入れている。病棟では、医師、薬剤師、管理栄養士、看護師、社会福祉士、言語聴覚士(ST)、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、医師クラークによる「栄養サポートチーム(NST)を組み、それぞれの立場から得た患者さんの情報をチーム全体で共有している。

NSTでの回診の様子。全体的な体調や食欲のほか、摂取カロリーの把握、今後の治療方針、血液検査の数値などを総合的に判断し栄養状態の改善を目指す
嚥下・咀嚼機能を評価するのはST。咀嚼と嚥下に使う筋肉にマッサージを施している様子
栄養管理の中核を担うため、同グループの管理栄養士はできるだけ病棟で多くの時間を過ごし、患者さんとコミュニケーションを取り、他職種と常に情報を共有しながら患者さん個別のケースに対応している(世田谷記念病院にて撮影)
管理栄養士にとってナースステーションが前線基地だとすれば、厨房に隣接する事務所は作戦本部である。ここでもスタッフ同士のやり取りは途切れることはなく、患者さんの情報が絶えず厨房へと共有されている

プロフィール

フリーライター

フリーライター

杉本恭子

すぎもと・きょうこ

京都在住のフリーライター。さまざまな媒体でインタビュー記事を執筆する。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)。

フォトグラファー

フォトグラファー

生津勝隆

なまづ・まさたか

東京都出身。2015年より徳島県神山町在住。ミズーリ州立大学コロンビア校にてジャーナリズムを修める。以後住んだ先々で、その場所の文化と伝統に興味を持ちながら制作を行っている。